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ペドロ・コスタ、前後

 『コロッサル・ユース』の中でヴェントゥーラが訪れるたくさんの場所の中で、他とは異なる場所が1つある。それがグルベンキアン美術館だ。それは多すぎて、彼自身でさえ何人いるか分からない息子たちの1人(この場合、美術館の警備員)に会いに来るという、よくある口実だった。この時は、舞台装置がかなり違った。彼がレントとシェアしている、影の中に溺れた小屋とはまったく違い、新たな住居の真っ白な壁とも違い、ルーベンスとヴァン・ダイクの間に、寡黙な巨人を見つけるのだ。ペドロ・コスタが、このつながりについて説明している。それは愉快で明確だ。ヴェントゥーラ(俳優の名前であり、彼が演じる登場人物の名前)がこの場所に来たがったのは絵への情熱からではなく、彼が石工だった時、絵がかかっている壁の建設にかかわったからだというのだ。

 フランドル派の絵画の中の多くの金持ちたちの近くに、ならず者を置くことで、このシーンはコスタが20年近くやってきた仕事の再開となった。彼の言い回しによって、彼が現在の映画界において、非常にユニークな位置を占めていることが十分に理解できる。彼は、最低限必要なものを得るために、いつも苦労しなければならない人々に、アートの快楽を与えることに打ち込んでいる。このポルトガル人の監督は、特にリスボンで最も貧しい地区の1つであり、今は取り壊されたフォンタイーニャスで、貧しい人、ホームレス、放浪者、麻薬常用者を撮っている。彼は、ここで3部作『骨』、『ヴァンダの部屋』、『コロッサル・ユース』を撮った。

 『コロッサル・ユース』は基本的に、大きな建築物を半分にしたものだ。芸術の主張は、その中にきちんとした土台を作り、家を見つけなければならない。ヴェントゥーラと彼の家族に一時的な囲いを与えるだけでは十分ではない。彼らは屋根を与えられなければならないのだ。その下でならくつろげて、連帯感を持て、自分たちの過去と伝説に近いと感じられるような屋根をだ。これこそが1972年、カーボヴェルデ人地区に到着して、彼を迎え入れた掘っ立て小屋で、ヴェントゥーラが感じること(またはフラッシュバックに従えば感じたこと)だ。コスタは非常に孤独だが、彼が同時代人たちと分かち合う映画の側面が少なくとも1つある。ある者にとっては女神で、ある者にとっては妖精であるアートと家の根拠を伝えるのに関心を持っていることだ。アラン・レネに似たジャ・ジャンクーや、フィリップ・ガレルに似たガス・ヴァン・サントは今日、登場人物に"土の上にある家"を与えることを願っている。『ラスト・デイズ』のブレイクの最後の願いのように。彼らすべてが、モニュメントと廃墟の間のどこかに、自分たちの建物を置いている。ゆえに『コロッサル・ユース』のたった1つの違いは、この映画がアートを取り巻く環境と日常生活のそれを評価し、その間ずっと、その2つの混同を拒否していることだ。彼のフィクションの源に横たわるのは、ドキュメンタリーへの忠誠か?例えばフォンタイーニャス地区の取り壊しや、その後の住民の移転など。確かに彼にとって、それは大切だ。しかし我々にそれを思い出させることは、作品をそれ自身に戻すことであり、この源もまた、あるいは何よりも前に映画であることを忘れないようにすることであり、コスタの映画の進化において、『ヴァンダの部屋』によって守られた明白な役割に戻ることである。

 『ヴァンダの部屋』には2つの意味がある。『コロッサル・ユース』との2部作の1作目であり、ジャニーン・バザンとアンドレ・S・ラバルトによるテレビシリーズ『Cinéma, de Notre Temps』のため、2001年に作られた『Cinéastes』の"前編"でもある。フォンタイーニャス地区が取り壊される直前に撮られたドキュメンタリーの中のヴァンダの部屋と他の設定を、ストローブが『シチリア!』の新バージョンを編集しているフレノワという"たまり場"とリンクさせているという、混乱させる類似性だ。場所の小ささと淡緑色の壁、外に向かってはめったに開かれないこと、それにヴァンダとダニエル・ユイレという2人の魔女の外見がかなり似ていることまでがリンクしている。やることまでが似ている。ニューロはテーブルを磨き、ジャン=マリーは玄関の端を、脚で掃除する。ジャン=マリーがおしゃべりして、ダニエルが物事がうまくいくよう確認している間、ヴァンダと彼女の妹ジータは何もしてないように見えるが、彼女たちの素振りは同じ必要性を持っているように見える。ジャン=マリーのおどけたコメントが、カットの決定に自由を与える。それと同じくヴァンダがパラパラめくるのは、まさに世界の厚さだ。彼女は2つの住所の間にこびりついた1グラムの麻薬を探して、電話帳のページをこする。しかし一方で、『ヴァンダの部屋』と『映画作家ストローブ=ユイレ/あなたの微笑みはどこに隠れたの?』の近さは、すべてを一度に、あまりにも簡単に解決してしまったかもしれない。編集者と麻薬ディーラーが対等であると証明したなら、映画は未来のために、これら矛盾の完ぺきなハーモニーを壊すため、アートと存在の忍耐を生み出すべきだ。彼はどこか別の場所、『コロッサル・ユース』へ行かなければならなかった。彼は明らかに、フォンタイーニャスの住民たちの追放後、新しい家を見つけるという責務から、そうしたのだ。しかし彼は、それ以上のことをした。自分が初めに作った3本の長編映画『血』、『溶岩の家』、『骨』の中の要素と再びつながって、パーソナルなタッチを加えたのだ。

 なんという驚きだろう。我々はコスタが、『骨』の撮影のおかげで、どんなに飽和状態になったことかと言いながら、この時期のページをめくったと、しばしば語ったことを忘れていない。チームで働くことの重圧からくる疲れ、スタッフたちとあれこれ話し合うが、映画については何も話さずに時間をムダにすることへの嫌悪。それに続いたのが、ミニDVを使って1人で、または数人の人たちと撮る、そして毎日撮影するためにデジタル機材の可能性を利用する、低コストのラッシュを撮りためる(『コロッサル・ユース』の数字は、1年半、週6日に渡る撮影で350時間)、スタイルが決まっている人間、労働者階級のアーティストになるという決断だった。コスタは自分の初期の作品を厳しく批判する。彼は「映画は私を裏切った」と言っている。それは間違いなく、『血』、そして『溶岩の家』では、空気が少しでも動くのを許すことのない、映画愛好家の練習で満足していたことを意味している。

 しかし『コロッサル・ユース』では、その映画の何かを復活させている。見せかけだけの熱意、ハリウッドのクラシック映画時代をマネしようという望み(ターナー、フォード)、"あのころの"映画が喜んで演じていた、フィクションとオマージュ間の近さなどだ。ヴェントゥーラの子供が国勢調査を拒むように、『溶岩の家』のカーボ・ヴェルデ島には、30人の息子がいると公言する老人が住んでいる。そのうちの1人で作業員のレオンは、倒れた後、深い昏睡に陥る(他の韻:ヴェントゥーラがレントに練習させる、ロベール・デスノスにインスパイアされた手紙からの引用、そしてダンスの途中での叫び声"Juventude em Marcha!(訳注:『コロッサル・ユース』のポルトガル語題名)")。『血』の物語は、11歳のニノが、奇妙な取引の対象となるところから始まる。『骨』でも、非常に若い父親が自分の赤ん坊を、誰でも(看護婦、友人、死)いいから、あげようとする。我々が作って、荷物のように持つ子供、引き受けるか捨てるかする子供、生から死へと持って行く子供、錯乱状態にある家族史、"子供の幽霊"、これがコスタによるフィクションだ。彼のフィルムメーカーとしての最初の作品は、ポルトガルのテレビのための子供向け映画シリーズだった。寓意が分かるだろう。出産は、貧乏人に与えられた唯一の傑作なのだ。多すぎる子供は、どんな生命も余計なものにつながるという証拠だ。邪魔な新生児の死につながることさえある。

 では彼はなぜ、10年間顧みなかった神話的な脚本に戻ったのだろう? 答えは簡単で、この映画のもともとの題名の中にある。コスタは若さの運命、前に進むことのチャレンジ、落ちた王子が堂々と存在しているフレームワークのラインを変えることを、ヴェントゥーラに任せたかったのだ。この委託は、同時にフィクションの気ままさであり、その作り事であり、映画が、そのアートの欲望をドキュメンタリーの真実に与える方法、つまりヴェントゥーラのみによってコントロールされる、自分の家から放り出された人々のことである。

 絵画は頂点のしるしである。新しい地区の白い壁は、他のことを意味する。裸の壁は疑いなく歴史の欠如だが、少なくとも未来の希望に見える。コスタが、自分の作品とその不在を調整し、自分の武器を磨き、『シチリア!』の粉砕機の抒情の高まりを写真ごとに聞きながら、自分の部屋で過ごした年月は長くて有益だった。ライフル銃と弾丸と手投げ弾を持て! このフィルムメーカーは壁に直面している。彼の次回作は、その外へとジャンプするだろうか?

※このエッセーは、マルセイユ国際ドキュメンタリー映画祭2007のカタログに掲載された文を改訂したもの。

 『コロッサル・ユース』には物語も虚構も脚本もないが、それでも理解や賞賛や解釈は可能だ。あらゆる形式を駆使し、あらゆる意味においてフィルムが語るのは、取り入れ=養子縁組(アドプシオン)のプロセスである。映画作家はカーボ・ヴェルデ島民のディアスポラをその最底辺まで自分のなかに取り込み、今回はさらにリスボン郊外の流れ者、ヴェントゥーラを仲間に引き入れる。かれを自分の映画の俳優に、しかもその中心人物に、自分の英雄にしようというのだ。このヴェントゥーラもまた、幾人かの脇を固める人物を「わが子」とする――この「子供たち」は慣例的にかれを「パパ」と呼ぶだろう――ことで、養子縁組の手続きを反復する。この「子供たち」というのは、おしなべて麻薬中毒患者、ホームレス、失業者、社会に見捨てられた落ちこぼれといった人々なのだが、実のところ、それよりもまず、とても魅力的な人物たちであり、かれらもまた仲間に加わるのだ。さらに、このフィルム自体がかれら登場人物たちの紡ぐ物語を、シャツを羽織るように身に付ける、あるいは、窮するあまりぼろぼろになりそうな眼と心を守ってくれる、悲しいフィクションの断片をそのなかに取り込むということもある。
 まるでなんでも食べてしまう獣だ。なるほど、そうかもしれない。「われは他者なり」云々、とでも言いたげである。もちろん、人間ペドロ・コスタの「われ」が、ランボーとフロイトを足したものほど強靭で賢いというわけでもないだろうし、わたしたちの誰よりも西欧人の自我観という宿命から逃れているというのでもない。だが、作業に入った映画作家の「われ」はまるっきり別、その本領は、その宿命に抵抗すること、あたり一面いたるところに垂れ流しになりそうなこの自我を1グラムも滲み出させないようにすることにある。この「われ」は他者そのものであり、あるいは、そうでないなら少なくとも、他者と相互嵌入し、他者に宿り、他者に生成することに最大限の力を傾けている。しかしながら、コスタが他者のなかに自ら身を投じ、他者とともにわたしたちをそのなかに取り込んでしまうというとき、それは、ユネスコ的な共感とは程遠い、むしろ視線による食人とも言うべきかたちをとっている。食人鬼としての映画作家は、観客の注視のもと、獲物のもつ純然たる美、偉大さ、黄金やダイヤモンドのごとき人間的な価値を貪り食い、自家籠中としてしまう。1匹の獣ほどの敬意も払わず、しかしそのぶん的確かつ公正に、また獣のように優雅なしかたで。たしかに、こうしたものを丸ごと飲みこんだコスタの映画には、なにやら重苦しく、ごつごつしていて、巨像のように近寄りがたいところがある。似非ロード・ムーヴィーの対極、偽の軽快さ、風に乗ってどこへでも行けるというような魔法の靴とは、まったくの正反対だ。鉛の靴を、動かないことにおいて擁護すること、それがコスタの映画である。さらにおもしろいことに、この圧倒的な、超重量級の部隊は、垂直運動の映画、上昇運動であなたがたを地面に貼り付けたように動けなくしてしまう映画を作り出す。コスタは水平運動とは無縁で、そこには水平線もない。あるのは、動かず曲がらず、大地から雲、動物から人間、自然から芸術、フレームからタブローへとまっすぐ伸びた一本の筋だ。たどり着くのはなかば空想の美術館、そこでヴェントゥーラは最後に奇妙な「旅」をすることになろう。

 残るは、あの狂おしい時制の錯綜、『コロッサル・ユース』がわたしたちを釘付けにする時間性の問題だ。コスタがショットに与える、この持続を越えた持続とは、何なのだろうか。とりあえず観客への勧告をひとつ、なすべきことはこれだ。もはやどこにも居場所などない人々のなかに、自分の居場所を見つけること。居場所がないというのは、自分たちの住むスラムが取り壊された人々のことだ。いかなる想い出の痕跡ももたないアパートに移住させられた人々のことだ。ところでその想い出、かれらにはそれしかないのだ。だから、かれらは話す。自分たちではどうにもならずに過ぎ去ったさまざまな歴史の糧を得て、思い出を反芻するために。コスタは、それを前にここしかないというフレームを決めて記録していくだけだ。かれが時間を自在に操れるわけでも、シークエンスについてひとりで決めるわけでもない。なるようにしかならない、というわけだ。この時間の流れは、それを見届けるひとは何もできずに見届けるだけなのだが、といってけっしてひとを不安がらせるだけのこけおどしではない。それは共有された経験のあるひとときを切り取ったものなのだ。その時間の流れ方は私たちの慣れ親しんだものとは真っ向から対立する。すでに『ヴァンダの部屋』で、麻薬中毒患者の目を背けたくなるような堕落ぶりを前に、自分の身をどこに置くべきか思案していたもの、こうした意欲ある観客、フィルムが進むにつれそこに溶け込むほど浸ってから帰りたいと欲する観客であれば、時がたつにつれコスタの映像のこうした時間の処理が目指すものがわかってくる。ヴァンダを映したショットは、わたしたちの皮膚に刺青のように彫りこまれて消えない。ショットの考えられないような持続が上映後も作用して、想い出させるのだ。このときから、ヴァンダは存在し続ける。永久に、生き続けるのだ。こんなふうにコスタがヴェントゥーラと粘り強く我慢比べを繰り返すそのやりかたを見届けるというのは、後方で砲台からのんきに眺めるだけの演出法などでは味わえない、観客とスクリーンを引き裂かんばかりに打ち砕かれた生とのあいだに、なんらかのやり取りが起こるというまさにその感覚を感じ取るということなのだ。

 もしかしたらそう思われているのかもしれないが、コスタがわたしたちに突きつける要求は、ヴェントゥーラのもとで、ヴァンダのもとで、つまりは人として最もみじめな環境へ上映のときを過ごしに出向かうことだけではない。逆に、コスタはこのひとたちをわたしたちの裡に招きいれているのだ。ひとはかれらを動くことのない、凝固してしまって、石化した聖像のような存在だと思っている。実のところ、かれらは、その光のスペクトル、その影も含めて、移りゆきのさなかにある。無知の状態、まったくの暗黒から、感知できないほどではあるが、光のほうに這い出てきているのだ。映写機のまばゆい光線にむかって。それに、この登場人物たちは「上っていく」のであって前進はしない、むしろその場でもごもごと言葉を発する存在であった。何度も何度も、ヴェントゥーラが死んだ恋人に宛てた詩が、そこから外に出ることのない時間の円環を閉じに回帰してくる。「お前に10万本の煙草を贈りたかったのに、両手で数えきれない流行りの服、車もひとつ、お前がずっと憧れていた溶岩のかわいい家に、はした金で買う花束も、でも、なによりもまず、うまいワインを1本空けて、僕のことを想ってくれ。素敵な言葉を身につけるよ、僕ら二人のためだけの、僕らにぴったりの言葉を、まるでやわらかい絹のパジャマのように。」僕ら二人のためだけの。コスタのフィルムを前にして、わたしたちは自問しないだろうか。二人のうち、このいなくなってしまった方がどちらで、また、ずっと引き入れられないまま残されたものはどちらなのだろうか。

 これほど美しいタイトルがあるだろうか。ちょっとしたブラック・ユーモアをこめつつ、カーボ・ヴェルデの共産青年同盟とのつながりを示すそのタイトルを冠するのは、あのポルトガルの映画作家、そのラディカルな姿勢から映画という惑星の最果てに位置付けられる作家の、極地にふさわしく荒涼としたフィルムである。大がかりな国際映画祭で疲れきった身には応えるペドロ・コスタの作品を前に、この寒さに震えることなく落ち着いて見ていられるはずもない。長大で、観客への要求が高く、スペクタクルの通常の法則を信じないがゆえに、待つことの意義を再検討していた70年代の人々であればともかく、それよりも数段素朴な現代の観客の忍耐力には、きびしい試練を課すことになるのだ。その試練をくぐりぬけたものには、そのかわりに、作品に端を発する美しいという感覚が訪れる、それがペドロ・コスタの映画だ。

 『コロッサル・ユース』はしたがって、今年度カンヌ映画祭の、優れてハードコアをなす作品である。『骨』(1997)で始められ、『ヴァンダの部屋』(2000)に引き継がれた方法論を、映画作家はこの作品でも踏襲している。撮影対象は、リスボン市外のスラム街、フォンタイーニャス地区に住む、大半がカーボ・ヴェルデ系の人々、首都において内側から排除されたかたちになっているこれら旧植民地の民のそばに居続けること、それがこの作家のやり方だ。ここでは貧困、ドラッグ、暴力が猛威を振るっている。それゆえ映画表象の問題も、より鋭さをまして提起されることになる。それを10年、この地に身を擦るように寄り添い、この地から自身の作品の糧を得てきたコスタは、健全とは言いがたいがゆえに(貧困を美化しているのか、それとも美的に優れているからこそそう見えるのかという)議論を呼んだ、麗しき演出のスタイルによる庇護の下であれ、10年積み重ねてきたのだ。こうした息の長さを目の当たりにして、自己をそこに投入する行為においてそれがいかに意味のあるものかを考えると、尊敬の念を抱かざるを得ない。

 シリーズ3作目となる今作は、過渡期の作品、変遷を主題とした作品とも考えられる。取り壊しの進むフォンタイーニャス地区の不衛生な小部屋を離れて、コスタは慣れ親しんだ登場人物の幾人かとともに、国が移住先として用意した近代的な柵のなかに冒険に乗り出すのだ。
 そこでは、あのすばらしいヴァンダ、いまや母親となり、苦痛にとらわれながら麻薬中毒治療を続けるヴァンダにも再会できるのだが、それより今回の収穫は、ヴェントゥーラの発見、スラム街最後の抵抗派のひとり、第四世界の粋人にして、巨大なウサギ小屋に生きたまま自分を閉じこめんとする役人たちの悩みの種という、とんでもない人物の発見にあり、軸となる人物にも変遷が見られる。

 変遷の最たるものはなによりも光の調子であり、地下墓所の薄光のなかで、ひとが生ける屍のように漂っているゲットーから、新しい街区のまばゆい白さへ、がらんとしたモデルルームで、かれらをガラスの中に閉じ込めて動けなくしてしまうかのような真新しさへと、明暗が大きくシフトしている。ここでもそこでも、この新興団地の壁が苛酷なまでに光のコントラストを強め、どこへ行ってもうんざりするほど空は消えうせ、どこへ行ってもメランコリーの黒い太陽が空を覆う。そんなわけで、闘争は続くのだ。ここの人々を消滅せんとする体制と、それに抵抗するかれらのような存在がこの世界にいることを明示し続ける映画作家との闘争は。だから青年よ、前へ!

 今年のカンヌで上映された映画の中で、最もショッキングだった瞬間は、ジョン・キャメロン・ミッチェルの『ショートバス』で、ポール・ドーソンが自分の精液の源を吸った時ではない。ギレルモ・デル・トロの『パンズ・ラビリンス』で、セルジ・ロペスが家庭用の裁縫道具で、切られたばかりの自分の顔を縫った時でもない。またジョルジ・パールフィの『タクシデルミア ある剥製師の遺言』で、勃起がブロートーチになるとか、早食いコンテストが大量の嘔吐で終わるとか、巨大な猫たちが破裂した飼い主のはらわたをむさぼり食うとか、自分を剥製にすることが映画の血みどろのフィナーレになるといった、ボロヴツィク的な刺激の盛り合わせでもない。これらおどろおどろしいシーンのどれを取っても、ペドロ・コスタの『コロッサル・ユース』で突然、リスボンのカルースト・グルベンキアン美術館にあるルーベンスの絵画『エジプトへの逃避』のショットが登場するという、完全に混乱をきたすパワーにはかなわない。映画の後半で、薄暗くて荒れ果てた部屋の中で声高に交わされる、終わりがないように思える会話の連続に差し挟まれる形で、このオランダのバロック期の傑作が、静かで華美な設定で突然登場したことで、映像および音の迫力が増した。これは感覚の襲撃といえるショット・トランジションだ。(モーリス・ピアラは、このようにめまいを起こさせるような編集のプロだった。)しかし、この映画の最初の長いモノローグの間、プレス試写会を1時間早く逃げ出した大勢の人々は、コスタのフォーマルな大成功である『コロッサル・ユース』が、カンヌがますます反目している、ゆっくりした、大いなる集中力を要する作品であるということを味わえなかった。コスタの映画に比べれば、カンヌの他の多くの作品は迎合と甘言だった。

 この48歳になるポルトガル人の監督は、酷評には滅多に驚かない。彼の支持者たちは長年に渡って、暗いカルト信者、ポルトガルのポルノミゼリアという彼の特定ブランドの、まじめくさった帰依者として冷笑されてきた。コスタとうまくフィットするのは、マノエル・デ・オリヴェイラやジョアン・セサール・モンテイロなどの名高い同国人ではなく、ハンガリーのベラ・タールやドイツのフレッド・ケレメン、それにリトアニアのシャルナス・バルタスといった、汎ヨーロッパのミゼラブリスト集団だ。彼らのビジョンは、それぞれ異なっているが、長回しと絵画的な構図の傾向、荒涼たる風景と、苦悩にさいなまれ人生に疲れた顔を好むこと、存在することは地獄だとするドストエフスキー的感覚を分かち合っている。

 コスタは、鮮烈な長編劇映画デビュー作『血』(1989)でのロマンチックな詩的感情や、主にカーボ・ヴェルデ諸島が舞台となっている、ジャック・ターナーの影響を受けた『溶岩の家』(1994)での夢想を捨て、時間をかけて今の引き締まったスタイルに到達した。『血』は『夢の戯曲』の白黒版で、音楽はストラヴィンスキーを使い、『恐るべき子供たち』『狩人の夜』『ミツバチのささやき』に帰着する、2人の兄弟が幼稚園の先生と逃亡するという不思議な物語だ。だが『コロッサル・ユース』で完結する3部作の1作目である『骨』(1997)では、夢のような暗示を含んだアプローチが、ブレッソン的な手法(省略的な編集、エスタブリッシング・ショットの欠如、登場人物には聞こえない音楽、抑揚のないセリフ回しの無表情な素人の俳優たち、映像に代わって画面の外の世界をほのめかす音、物と体と空間を正確に実物主義的に描写)に取って代わる。コスタはそういったアプローチを、まったくブレッソンらしくない物や設定(リスボン郊外のスラム街での貧しいみじめな人生)に適用した。

 『血』が持っていたものさえ剥ぎ取った『骨』という題名そのものが、この映画が得ようとしている骨のような簡素さといったものをほのめかしている。ダルデンヌの『ある子供』(2005)よりずっと以前に、コスタは自暴自棄な10代の母親から生まれた赤ん坊の物語を語っている。この母親のボーイフレンドで、同じように若くて無表情な男が、赤ん坊を物乞いの道具として使い、のちに売ろうとする。最初は彼に多大な親切心を示した看護婦に、その後は売春婦相手に。(彼は、売春婦とセックスしている間、愛らしい赤ん坊をベッドの下に置く。)この映画の絶望感は、非常に強烈で濃密だ。ヒロインが自分の存在を6つの言葉「寝て、起きて、寝て、起きる、みじめな、生活」に要約した、ジェルジ・クルタークの『カフカ断章』のうらさびしい表現の1つを思い起こす。赤ん坊の母親は、一度ならず二度までも、最初は自分の子供を道連れにしてガス自殺を試みる。彼女の親友である清掃婦も、父親に復讐するためにガスレンジを使う。

 コスタの明暗のむらがある構図と省略的な編集のおかげで、見る者は時に、削り取られた出来事とあいまいな関係という割れ目をなんとか渡らなければならず、そのような手法は、彼が好むブレッソン効果(手や鍵や戸口の大写し、人物が画面の外に出た後、時々カメラがしばらく止まっている、画面の外から聞こえる音が隣接する空間を示す)がそうであるように、苦しさを暗示している。だが『骨』は禁欲的というよりは官能的、否定的というよりは悲痛だ。コスタが、彼のみじめな登場人物たちを情感を込めてクローズアップにすると、ほとんど幸福に等しくなり(夢見るようなまなざしをした、ソフトな長髪の父親は、ベリーニが描いた黙想する聖母マリアたちの1人を思い起こさせる)、すばらしい照明が、赤いドレッサーの上に置かれた写真と鍵とクシャクシャにされたタバコの箱を写した2つの対称のショットを、色使いに特徴がある画家が描く静物にする。またコスタには、きらびやかさがない。彼は、通りを歩く父親の長くて手の込んだトラッキングショットを明らかに楽しみ、目立たせるための効果として、極端なシャロウ・フォーカスを2回使った。彼のあからさまなヴェリズモは、登場人物間の関係を確立するため、時にあり得ない偶然へと逸脱する。それに彼は、プロの俳優の起用を完全に放棄したわけではない(例えば売春婦役のイネス・デ・メディロスなど)。コスタは『骨』では、ゴダールが「この物語の美しい土地」と呼んだ国のパスポートを、まだ身につけている。

コスタは次の映画で、その国を完全に捨てる。彼の代表作であり、この10年間で最も優れた映画の1本である『ヴァンダの部屋』(2000)だ。『骨』に不満だったと言われているコスタは、彼の女優の1人で、前作で復讐する友人役を演じたヴァンダ・ドゥアルテの物語を語るために、取り壊されつつあったスラム街の舞台に戻る。コスタの当初のプランでは、『ヴァンダの部屋』のすべてを、題名の由来となった彼女の寝室を舞台として撮るはずだったが、彼は賢明にもその舞台を、麻薬常用者や酔っ払い、もしくはギリギリの生活をしている人々の孤独な世界、ブルドーザーとジャックハンマーによって包囲され、まもなく消える運命にあるフォンタイーニャス地区全体に広げることにした。その結果である3時間のポートレートは、濃厚な充実にあふれている。控えめであり合唱的でもあり、手法はミニマルだが、ビジョンは大きい。『骨』での気取りを捨てたコスタは、厳格で内面的で非常に観察力が鋭いという、彼独自の厳格に共感的なスタイルに到達した。すべてが固定されたデジタルカメラで撮影されている。人物が画面を出入りし、通り過ぎる。そしてすべてのシーンにおいて、明らかにすぐ近くにいるけれど、限られた映像の中では姿が見えない登場人物の声が、画面の外から聞こえる。スラム街のほら穴のように暗い住まいの中でも、自然光だけを使って撮られた『ヴァンダの部屋』は、『骨』が志していた簡素さを達成した。加えて、前作の安易な絶望は、この映画で見つけた真実の簡素さとは違う。登場人物の1人が言っているように、これらの人々にとって人生は"屈辱以外の何ものでもない"かもしれないが、彼らの周りで文字通り取り壊されている世界での、お互いに希薄な関係の中で、彼らは彼らの真価である優しさと気高さを高らかに示している。

 ヴァンダと彼女の妹ジータは、ハエが飛び回る部屋の中でヘロインを吸い、時には古い電話帳のページから麻薬の残りをこそげ取る。ずっと前から依存症である2人は、全編を通して吸って、こそげ取って、また吸うが、なんとか生きている。例えばヴァンダは、家から家へとキャベツとレタスを売って歩くことで生計を立てている。自分の赤ん坊を売ろうとして、その後、死んだその子をゴミ箱に捨てた女性について数回言及した後(『骨』に登場する自暴自棄な母親ティナのことと思われる)、この映画は、通常の物語の形のほとんどすべてを捨て、フォンタイーニャスの日常生活をシーンの合間に入れるという、小津の影響を受けた"ピロー・ショット"を句読点として、ヴァンダ、彼女の家族と隣人たち、地域の男たちのシーンを、表面上はランダムに集め続けている。これらの映像に伴うのが、悪魔のような解体用の機械が砕き、打ち壊し、すりつぶすシーンであり、この映画には、薄い壁を通して絶えず聞こえる犬や子供たちや大きすぎるテレビの音、口論や咳や不平の声といった、豊かな音の風景がある。(コスタは概して、登場人物には聞こえない音楽をバックに流すことを避けるが、皮肉な対照的要素の"アクシデント"に対して優れた耳を持っている。ヴァンダのみすぼらしい世界で、しばし聞こえる曲には、『キャッツ』の『メモリー』や、スナップの「I've got the power(私にはパワーがある)」という皮肉な歌詞、それにあの最も華麗なバッハのアリアで、ロ短調ミサの終わりの方の歌詞「神の子羊、世の罪を除きたもう主よ」などがある。)

 『ヴァンダの部屋』は通常、ドキュメンタリーとして分類される。そう分類した方が都合はいいが、それに賛成するのは難しい。コスタが驚くほどの詳しく登場人物たちを描いているのは(彼らが演じているのは自分自身だが、それでも彼らは登場人物なのだ)、多くのリハーサルの末にやっと実現したものだ。コスタは長年に渡って、フォンタイーニャスのコミュニティーのメンバーたちを助け、一緒に仕事してきた。彼の"俳優たち"が、彼の(小さくて出しゃばらない)カメラに身を任す自然さと率直さは、明らかにその連帯に由来する。瞬間は盗まれるのではなく、練習されてとらえられ、『骨』の物語上の省略とかけ離れてはいない形でまとめられている。例えばヴァンダの姉ネラの刑務所入り、ジェニーという麻薬ディーラーの死、麻薬から抜け出したペドロという麻薬常用者の運命など、バラバラな物語がだんだんとつながり、明らかになってくる。ペドロが最初に登場するのは映画の始まりの方で、彼の体が画面の右手下に、きつく押し込められている。彼は燃えるような赤とオレンジ色の花を抱えていて、このショットは不可解で気まぐれで、他の映像や物語とは関係ないように見えるが、彼は約1時間後に、彼とヴァンダがぜんそくについて話す長くて感動的なシーンで、突然、再登場する。このように故意に断片的な手法で進むドキュメンタリーは少ない。

 またコスタは、真実のニセのシニフィエとしてのドキュメンタリー風な"見かけ"には、明らかに興味を持っていない。初めてデジタルで撮ることで、自由が得られる反面、精密さが制限される中、コスタは照明と構図をいじらずに、明白に美しくなるよう努めた。暗い明かりのもとでかすかに光る、壁に立てかけられた松葉杖、解体の最中に体を洗う裸の男と、彼のひょろ長い茶色の体から出るたくさんの湯気、交差する鏡を使った2つの顔のキュービスム風な配置、人の住まない部屋の詩的なモンタージュ、明るい緑色のバッグに寄り添う、使い終わったライターでいっぱいの赤いプラスチックの容器、2つの青い立体の照明の並置(1つはチカチカするテレビ画面、もう1つは家の闇の中に浮かぶ、遠くの部屋の開いているドア)などだ。ほとんどはコスタのスラム街の室内の薄闇で見えず、暗いせいで時には顔の見分けがほとんどつかないが、彼はデジタルの暗さをうまく避け、例えばロウソクの光で撮った麻薬常用者たちのシーンを、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの、より落ちぶれた人たち版とすることに成功した。

 『骨』と違って『ヴァンダの部屋』では、これら人生の閉塞と貧困が描かれていて、真の絶望が感じられる。1人の男は「悪人は死なない。お人好しが死ぬ」とはっきり言い、ヴァンダ自身も「私たちは本当に貧しい国、最も悲しい国に住んでる」と言うが、彼らの過酷なその日暮らしの生活の中では、絶望はぜいたくに見える。コスタの徹底的に個人的判断を避ける手法では、麻薬依存症は単なる事実として扱われる。腕から針をぶら下げた男が、自分の掘っ立て小屋を掃除し続け、もう1人の男は何気なく、麻薬を注射した後にゴミを捨てに行くと言う。ヘロインがヴァンダに及ぼした最悪の影響は、彼女の喘息の咳の発作のようだ。『ヴァンダの部屋』にはユーモアもある。ブロンディというあだ名の麻薬常用者が、いつまでも髪をとかしていたり、もう1人は老婦人に物乞いするため、5階まで階段を上ったのに、ヨーグルトを2つしかもらえなかったとこぼす。彼は階段を下りながら、少なくともそれがイチゴ味であるよう祈るのだ。2人の麻薬常用者が自分の血腫について、まるで主婦がレシピについて話すように、「俺は歩く血腫だった」などとしゃべっている。ヴァンダとジータの母親は、まるで彼女たちがシンディとマーシャ・ブレディであるかのように、部屋を片付けろと叱る。彼女たちは、マリファナのにおいがする煙を吐きながら口答えする。最後のシーンでは、ジータが小さなピストルを振り回しながら、『ポリスアカデミー』で女優が巨乳の谷間から、同じようなピストルを抜いたのを見たことについて話す。でも笑いは続かない。ジータはすぐにマリファナで恍惚となってベッドに横たわり、彼女とヴァンダの世界を壊しているジャックハンマーの音が近づき大きくなる。彼女は、目が見えない子供と遊ぶために、恍惚とした状態から目を覚ます。その後、壊されたビルの残骸の長いショットが続き、スクリーンが暗くなる。それはフォンタイーニャスの住民が幽霊になったと思えるような、突然で吸い込まれるような闇だ。

 『コロッサル・ユース』では、これら住人たちが、カサル・ダ・ボバという新しいリスボンの地区に移され、ヴァンダを含む多くの人が、きちんとした低家賃の住居に住んでいる。今ではメタドンを服用しているヴァンダは、まだ苦しいぜんそくに悩んでいる。彼女が映画の最初の方で、かん高い金属が震えるような哀れっぽい声で、子供の出産について長いモノローグを始めたことが、カンヌでの多くのプレス関係者の退席につながったことは間違いない。しかし『コロッサル・ユース』の主人公は彼女ではなく、年取ったカーボ・ヴェルデ人の労働者ヴェントゥーラだ。映画の初めで、彼の妻(クロチルドという名前は、ヴァンダが『骨』で演じた役名と同じ)が彼を捨てる。魂をなくした、名前にふさわしいヴェントゥーラは、あちこちをさまよう。彼との実際の関係が決して明らかにされない数人の"子供たち"の話を聞きながら、家から小屋へ、部屋から部屋へと渡り歩く。『ヴァンダの部屋』の合唱的なクオリティが、『コロッサル・ユース』で増幅されている。悲しむ者と立退かされた者たちが、ヴェントゥーラに自分たちの話を素朴な多声音楽のように語り、クロチルドに戻ってきてもらうために何をするかと、ヴェントゥーラが何度も繰り返す節回しが、彼らの定旋律だ。(コスタはこれのために、フランスの超現実主義者ロベール・デスノスが、ブーヘンヴァルトから送った手紙を引用する。この手紙は『溶岩の家』の生みの親でもある。)この映画のポルトガル語の題名『Juventude em marcha』(『溶岩の家』で、滅多にない喜びの瞬間に発せられたフレーズ)の皮肉な期待とは裏腹に、カサル・ダ・ボバで若さ(ユース)が前進することがないのは明らかに思える。

 ヴェントゥーラの子供と言われている人たちそれぞれが、コスタに自分たちの話を語った。その多くはバラバラになった家族や、失ったチャンスについてだった。彼は15ヵ月以上に渡って320時間分(撮影比率としては、確かに記録的だ!)の映像を撮影し、登場人物たち相手に厳しいリハーサルをして、自分が望むせりふ回しを撮るために、時には30テイクも費やした。(彼は、この点においてブレッソンに似ているが、ブレッソンの狙いは完全な中立であり、コスタの狙いは様式化されたナチュラリズムである。)コスタは『ヴァンダの部屋』のビジュアル・アプローチを保っているが、それをさらに制限している。固定されたカメラと自然光で撮影された『コロッサル・ユース』のテイクは、しばしば長回しされている。(コスタが『骨』で好んだ、ブレッソンのようなドアの鍵や手や不完全な肉体のクローズアップが戻ってきている。)コスタは時に、ヴェントゥーラが間違えてヴァンダをジータと呼ぶなどの間違いを、そのままにしている(ジータは『ヴァンダの部屋』の後、死んだことが明らかになる)。彼は、ヴェントゥーラが重い足取りで歩く横で、並んだビンが揺れるなどの、些細だが面白いディテールをカメラに収めることを好む。同じような偶然と正確さのミックスは、オーディオ・トラックにも適用されている。イライラするような風、のこぎりの攻撃的な高く鋭い音、アパートの中でシューシュー音を立てるガス、テーブルにたたきつけられるトランプのピシャッという音などは、1つか2つのマイクでDATに録音された、ふと出くわした音の濃密な堆積だ。

 『コロッサル・ユース』では、『ヴァンダの部屋』にも増して美が追求されている。これはある意味で、光と光の欠如についての映画だ。荒々しく壊されて、ペンキがはげ落ちた室内で、ほとんど浸透していない光が移動し、集まり、遠のく。コスタは、違う光の中で同じ構図を繰り返すことによって得られる効果に注目している。(彼は『ヴァンダの部屋』でも同じような効果を得るために、日食を使う。)比較的少ない屋外のショットでは、強い日光のせいで、白いアパートメント・ビルが構成主義のレベルに達している。コスタが、『コロッサル・ユース』は成瀬巳喜男の映画に影響を受けていると言った時、人はまず、成瀬の逃げ場を失った登場人物たちの貧しくて陰気な人生を思い浮かべる(彼らはコスタの映画の登場人物たちの次に、比較的気楽にやっているが)。しかし美術史家アンドレ・スカラは、日常を描いた成瀬の映画は、17世紀のオランダの風俗画とその形式の要素に似ていると洞察している。荒廃しているが美しく撮られたコスタの室内では、窓や開いたドアが光源となることが多く、それらは同じオランダの風俗画の室内の現代版に見える。彼のクローズアップはトロニーと呼ぶことができる。コスタの構図(例えば病院のベッドにいるパウロ)は、しばしば低めで、登場人物たちが画面の下3分の1に位置して、彼らの上には大きな白い壁がある。それが最も顕著なのが、ヴァンダとヴェントゥーラとヴァンダの夫がダイニングテーブルを囲んでいて、映像の上方真ん中を、繊細なシャンデリアが占めているショットだ。(ヴァンダの後ろにある奇妙で場違いの地球儀は、非常にフェルメール的だ。)

コスタは、ジャン=マリー・ストローブとダニエル・ユイレの映画制作チームが、自分たちの映画『シチリア!』を編集する様を描いた優れたドキュメンタリー『映画作家ストローブ=ユイレ/あなたの微笑みはどこに隠れたの?』(2001)を作った。彼らの実物主義の美意識の影響は、『コロッサル・ユース』全編において明らかに見られる。特にその綿密な映像が、ほぼ真四角である旧式の1.33サイズで撮られていることにおいて。現在、この時代遅れのサイズで上映する装備がなされた映画館は、もはや少ないのだから、現代の映画には文字通り不適応なのだ。『コロッサル・ユース』でのモノローグは、最近のストローブとユイレの映画、例えばイタリアの農民たちが、風景の中で立ち上がって主張する『労働者たち、農民たち』の影響を受けているように見える。コスタが一連の室内のショットの合間に入れた公園、木、水、太陽、鳥、ハイウエーなどの、短くて、都会のオアシス的なショットは、『ヴァンダの部屋』ほど小津的ではない。それらはストローブとユイレが『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』(1968)で、18世紀の室内シーンの合間に挿入した、海や流れる雲のシーンに、より似ている。

 カンヌでは一部の批評家たちが、『コロッサル・ユース』は魅力のない人々だらけで退屈であり、スラム街を芸術的に見物してるのであって、映画とは言えないと不満を述べた。俳優がいない、カメラの動きがない、音楽がない、だから映画ではないというのが、その理屈だ。忍耐が希少価値とされるカンヌでは、最も安易な反応は嘲笑であり、ゆえにコスタのすばらしい作品は、予想どおりバカにされ無視された。しかしヴェントゥーラは、カンヌの他のどの登場人物よりも記憶にしっかり残った。それに彼が体を丸くして座り、我々から顔をそむけて古いポータブル・レコードプレーヤーを聞くシーンや、自分たちの運命について座って考えるために、テーブルの表面を一心にひっかいている男の手を静止する見事なジェスチャーなどによって湧き上がる感情に匹敵する映画は、カンヌでは他になかった。ヴェントゥーラは、この映画の忘れられない最後の長いショットで、ヴァンダの赤ん坊の世話をしながら、ベッドに横たわっている。我々は"ヴァンダの部屋"に戻ったのだ。コスタは意図的に、『ヴァンダの部屋』でのジータと子供の最後のショットを繰り返している。つまらない監督なら、老人と赤ん坊を"人の年齢"といった絵画的な場面にしたり、"人生は続く"という月並みな場面にしただろうが、コスタの最後のロングテイクは、単に不動性と脱力感、過去に止まってしまった人生の感覚を集めている。それは静かな力で人の心を打ち、『コロッサル・ユース』は最後には、まさに途方もないもの(コロッサル)、アルテポーベラの大作となった。

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