イントロダクション
制作期間35年!!
マゼランは本当に世界一周したのか?
押しつけられた歴史をひっくり返す!
フィリピンの鬼才キドラット・タヒミックが自らの映画人生と、
世界の歴史を重ね合わせた叙事詩が誕生
ラヴ・ディアス、ブリランテ・メンドーサなど世界の注目を集めるフィリピン・インディペンデント映画、そのゴッドファーザーとも言える映画作家、キドラット・タヒミック。フランシス・F・コッポラが激賞したデビュー作『悪夢の香り』、3人の息子の成長を、モニュメント・ヴァレー、ドイツ、日本への旅、フィリピンの反独裁政権運動、ピナツボ火山爆発などフィリピン激動の時間とともに描いた『虹のアルバム』などを筆頭に、多くの映像作品を作り続けている。近年は「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」や「あいちトリエンナーレ」などのアートフェスティバルでも作品を発表し、美術界での評価も高まっている。
さまざまなジャンルを横断し、ドキュメンタリーとフィクションが入り混じった手法で、西欧世界から押しつけられた歴史や思想を粉砕し続けてきたタヒミックが、35年の歳月をかけて完成させた大長編が最新作『500年の航海』だ。
来たる2021年はマゼランによる「世界周航」から500年。実はマゼランは旅の半ばで命を落とし、本当に世界一周を達成したのはマラッカ出身の奴隷エンリケだった・・・。
世界一周の途上、フィリピンのセブ島沖で先住民の首長ラプラプの抵抗によって命を落としたマゼラン。西欧による“第三世界”の隷属の歴史の象徴として、自ら奴隷エンリケを演じ、家族や友人たちをキャスティングし1980年頃から映像を撮り続けていた。その後、息子たちの成長に伴い撮影を中断していたが、撮影開始から20数年経った時、成長しヒゲを伸ばした次男カワヤンの姿がマゼランとダブり、マゼランが現代に蘇った輪廻転生の物語として映画の完成を目指すことになった。
こうして出来上がった作品は2015年にベルリン国際映画祭と東京国際映画祭(上映タイトル「お里帰り」)で上映され、デビュー作『悪夢の香り』が40年前に批評家賞を受賞したベルリン国際映画祭で驚きと賞賛を持って迎えられ、カリガリ賞を受賞した。
しかし、その後もタヒミック監督の構想は膨らみ、さらなる再編集を施し、いまもなお増殖を続けている。