タイより一時帰国されていた直井里予監督に来館してもらい、監督第1作目となる『昨日 今日 そして明日へ…』が生まれる瞬間から現在の製作活動までをお話ししていただきました。会場のポレポレ東中野にも、タイのおだやかな空気が訪れたような和やかな雰囲気の質疑応答となりました。来場していただいたみなさんありがとうございます!
★『昨日 今日 そして明日へ…』の最終上映はポレポレ東中野にて9月26日(火)の12:30からです。
『昨日 今日 そして明日へ…』作品紹介リンク
直井里予監督 質疑応答
司会:濱治佳 会場:ポレポレ東中野
直井里予監督(以下、直井):この作品はあえてテロップやナレーションを最小限にしたのでちょっと分かりづらかったかもしれませんね。時間帯もご飯を食べてちょうどいい頃だったので眠くなった方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)。7月は韓国の映画祭で上映したのですが、始まって10分くらいで審査委員長が寝ていました、どうやって審査するのかなー?とか思っていましたが、途中でスタッフが起こしにきていました。テレビだとたぶんこの作品は半分くらいにカットされてしまうと思うんですね。でも、私はタイで感じた時間とか空間をそのまま映像にしたいと思っていたので、最初から自主上映でやっていくような映画にしたいと考えて作っていました。
舞台はパヤオというバンコクから700キロくらい北にいったところです。はじめて行ったのが2000年でした。その時にちょうどテレビ番組でドキュメンタリー制作をしていました。NGOで活動している日本人の方の取材をしている過程で出会ったのが今回の登場してくれた人たちでした。最初からエイズをテーマにして、なにかを訴えたいと思って作ったのではなくて、私が彼らと出会った時の衝撃と言いますか、価値観が崩れた、そこから出発した作品です。どうしても、エイズ患者に対してこわいというイメージがあると思いますが、彼らはものすごく輝いて生きていたのです。それでテレビの取材が終わっても帰らないで、ずっと北タイに滞在して撮影を続けました。
ドキュメンタリーをこれで作ろうと思ったのは、後半に出てきたサッカーのシーンを撮った時です。あれは一番最初に私が撮ったカットなんです。あのサッカーのシーンは地元の高校生とHIV陽性者の方たちの交流試合でした。あの時もわけがわからないけど、すごく感動しながら撮っていたんです。この輝きというか彼らの姿を伝えたいと思った時に、長いシーンはテレビでカットされちゃいますよね、半分に。それでドキュメンタリー映画にしようと思ったのです。
その時に考えたのは人間の生命力ということなんですね。元気そうに見えていますが、通常の人が持っている免疫体の数というのは700から1200ですが、主人公のアンナは17しかなかったんです。そういったぎりぎりの状況で彼女は生きていました。サッカーのシーンでは、人間の生命力っていうのはなんなんだろう、化学とか数値ではあらわせない、なにかそういったものが人を動かしているのかな、それっていったいなんなんだろう、彼らの生活を見続ければそういったものが見えてくるのではないかなと思っていました。結局3年間彼らと過ごしました。撮影した時間は117時間です。ほとんど朝起きてご飯食べて、仕事行って、お昼食べて、午後ちょっと昼寝して、その後仕事して、帰って水浴びしてご飯たべて、寝るという、生活の繰り返しですね。それは2家族に共通したところで、その生活を見ながら彼らの生命力というのは、そういったささやかな生活をていねいにていねいに生きていくというところから来ているのかなと思いました。ですので、淡々とした作りになっているんですけど。
もうひとつ気づいたのはひとつひとつの絆というものが生命力になるんだなと感じました。日常生活を送っていくということは、地域のなかで受け入れられているからこそ、魚や果物を売って、生活ができるんですね。私がこの作品で伝えたかったのはこの2つです。
統計ではパヤオがタイのなかでのHIV感染者が多いのですが、というのはパヤオというのが一番貧しい地域なんですね。食べていく分にはタイというのは豊かな国ですよ。お米も年に2回穫れるし、川には魚がいるし、果物もいっぱいなっていますから。都市と地方の貧富の差が出てきて、生計がなかなかたてられなくなってしまったところで、やっぱり売春とかから感染者が増えてしまうということになっているようです。
司会:向こうで流れるゆったりとした時間、といったところをやはりいちばん表現したいところだったのですか?
直井:ああいう田舎だからこそ時間の流れが表現できると思いました。生きているということは毎日毎日変化しているということだと思うんですね。その変化を表すのに時間の流れというのを表現できたらなと思いました。
司会:ではご質問ある方、どうぞ手を挙げていただけますか。
Q1:全然眠くならず、ワンカットワンカット本当に充実して見ることができました。あまり触れられていませんでしたか、登場人物の方たちはやはり薬を飲んでいると思いますが、そういった薬とか入院とかにかかる費用というのは大きいのではないかと思って見ていました。そういった部分を保険とか医療制度がなにかのあるのか。彼らの暮らしのなかで出費がどのくらいの大きさを持っているのかなと思いました。作品にはこんなことを聞かなくても意図とテーマがはっきりと分かったので、あんまり関係ないことだと思いますが、教えていただければと思います。
直井:薬に関してはアンナさんが最初から飲み続けていた唯一の方でしたね。タイ政府はその当時5万人に無料で薬を支給していました。今は30バーツ制度といって、1カ月100円で薬を配給する制度をとっています。HIVに感染している方の半分くらいが薬を受け取っています。ボーイも薬を飲もうと始めたのですが、飲み始めた時点で体がすでに受け付けなかったので、1週間でやめました。撮影をしたシーンは個室ですが、個室には2日間であとは大部屋にいました。大部屋は無料でした。
Q2:重い問題に取り組まれて敬服しています。引き続きご活躍を期待したいのですが、今後のテーマというかどういう方向で活躍されるのでしょうか?
直井:いまこの映画の続編ではないですが、この作品にでてくるふたり(アンナとポム)を主人公にした作品に取りかかっています。2年くらいで作り上げたいなと思っています。もう少し彼らの生活を描きたいなと。もうひとつはバンコクはクーデターが起きていますが、バンコクでもひとつ撮りたいなと思っています。
Q3:渋谷で1年前に見たのですが、その時にサッカーのシーンだけなぜか眠っちゃいました(笑)。それで今日見ることができました。先ほどもおっしゃっていましたが、ナレーションなどを極力排するという。音楽も全然使われていませんね。たとえばこの間の上映していた『三池』みたいなナレーションと音楽を使った、ひじょうにいい作品が最近ありますよね。監督さんとの会話が入っているのと、監督さんの手がちょっと出演していましたが、基本的に映像で語れるという、そういう姿勢で作品を作られているのですか?
直井:そうですね、今日は映画館で特に音がいいのですが、“音”を生かしたかったんですね。今日もいろいろ私自身発見がありました。そのままの雰囲気というか、空気、音を大事にしたいと思いました。ナレーションとか音楽をいれてしまうと、それが消えちゃいますよね。だから入れなかったんです。個人的には押し付けるような作品があんまり好きじゃありません。そのへんは気をつけて作りました。押し付けられるとどうしても反発してしまうのが人間だと思うんですよね。自分だけかもしれませんが(笑)。作品によってはつけたほうがいいものもあるとは思いますが。ドキュメンタリー制作というのは自分のなかで無意識にこだわりつづけている主観とか価値観とかを崩していくことだと思っています。そのことによって自分もやわらかく生きていきたいなと思っています。それはタイにいても感じたことです。タイ人は生き方がとってもやわらかいな、おだやかなだなと。彼らは楽しんで生きていると思うんですよね。かたくなってしまうと体と一緒ではやく老化してしまう(笑)。心もかたくなるとどんどんどんどん生き方が苦しくなってきてしまうので、崩していかないとなと思っています。
Q4:映画のなかで仏像に納め物をするシーンが出てきましたね。タイは仏教の敬虔な国と有名ですが、いまおっしゃっていた生き方のやわらかさですとか、仏教的な影響とかが家族の生活のなかでもそういったものが浸透していたりとか、人間関係のあり方とか、人生の過ごし方とかにどんなことを感じられたりしたのでしょうか?
直井:人間関係ですね、タイの人たちはほんとうに上手に生きているなと思いました。バンコクと北タイもまた違います。北タイのこの生活の基盤になっている上座仏教というのはあるのかなと思いました。へんに抵抗しないんですね、人間も自然の一部というかんじで。いろんなものが変化していくなかで、解決しないものはしないし、受け入れるものは受け入れる。そういうことが死生観にも繋がっていると思うんですね。映画のなかにも出てきた言葉のように「生きるということは痛みをかんじることだ」という。私たちは普段あまり意識しないですが、人間はいつ死ぬか分からないし、かならず人間は死ぬんだよということは、いつも彼らから言われていることでした。
司会:では、最後に直井さんからひとことを。
直井:今日は来ていただきありがとうございました。上映を始めてからちょうど1年たったので、映画を観ながらまたいろんな思いを思い起こしながら見ました。また次の作品を2010年までには作りたいと思います。またその時には見に来てください。